BRTへの転換で、今伝えたい日田彦山線、今後の展望

Blog 筑豊見聞録
添田駅での接続の様子

先日8月28日に開業したJR日田彦山線BRT「ひこぼしライン」は、平成29年の九州北部豪雨による大災害から7年余りという時間をかけ復活した地域の足、特に高齢化著しい添田町や東峰村にとってはかけがえのないアキレス腱のようなもの。

彦山駅から大分県の夜明駅の間に敷設せれていた線路を撤去し、そこをバス専用道として整備し、これにともない鉄道では停車できなかった病院、公共施設に停留できるように便宜をはかり再出発しました。日本全国に鉄道からBRTへ転換した事例は23あるそうです(2023年8月現在)

国がガイドラインを発表してまで推奨するBRT、はたして日田彦山線というルートには馴染めるのか。そしてその将来は?

そんな疑問に応えるべく、ここでは路線の歴史、環境を踏まえて考察してみたいともいます。沿線に暮らす私たちができるこを思いつつ。最初に、この路線の歴史をちょっとだけ詳しくみてみましょう。

日田彦山線の開業から現在まで

石炭輸送網の急速な整備

小倉鉄道の起源は金辺(きべ)鉄道株式会社です。明治29(1896)年に設立されましたが、金辺隧道(小倉南区と香春町を隔てる金辺峠をするトンネル)の工事が想定を超え経営破綻したという経緯があります。

その後、金辺鉄道の債権者たちが中心となり、10年後に小倉鉄道株式会社が設立されました。金辺鉄道の既存および未完成の鉄道施設を引き継ぎました。当初計画から20年近く経った大正四(1915)年、小倉鉄道は積年の思いで鹿児島本線の富野信号所ー上添田間を開業しました。

北九州の運炭鉄道の整備は、門司を起点に北九州を横断する九州鉄道、遠賀川を縫うように縦断する筑豊興業鉄道、東部を横断、門司、宇島へとつながる豊州鉄道、そして4番目、北九州のほぼ中央を縦断する小倉鉄道が開業するという鉄道網が張り巡らされました。

この背景には筑豊炭田の石炭輸送の迅速化がありました。比較的小さな圏域の中に過密とも言える輸送網は、当時は全国でも珍しく、そして20年そこそこの短期間に整備されたのはきわめて異例とも言えることでした。

それだけ早々と、筑豊炭田の炭鉱があちこちで勃興し、増産される石炭をスムーズに運び出す必要性があったからだとみられます。

福岡と大分を山間部で結ぶも…

一方、日田鉄道会社線は福岡県と大分県をつなぎ、宝珠山炭鉱の良質で豊富な石炭や日田周辺の林産物の輸送、旅客の運搬を目的として設立されます。小倉鉄道の終点、上添田駅から彦山村を経て東峰村を通り、現在の久大本線に接続、日田に至る路線です。

昭和12(1937)年には日田の夜明ー宝珠山駅間が彦山線として開通しました。その後、昭和30年(1965)には難工事を極めた釈迦岳トンネルが開通。戦中戦後の混乱に工事中断もあって長い時が経過しながらも、これにより日田彦山線が全線開通し今日に至ります。

しかし、高度成長期とエネルギー革命による炭坑の閉山、モータリゼーションという時代の波によって、全線開通した時にはそもそもの目的や機能を果たす役割が低下していたような状況でした。このため長らく営業路線としては利益率の向上が見込めない側面がありました。

以上のように開業を目指した当時、想定していなかった炭坑の閉山や、自家用車の普及が、時として鉄道不要論すら生み出した経緯があるのが日田彦山線です。

そもそもトンネル工事までして、北九州と日田を結ぶ必要があったのか。その辺をしっかりとリサーチした上での開通ではなかった可能性もあり、このため営業路線としては脆弱な側面があるのです。

ユニークな鉄道遺産、近代化遺産の数々

第二金辺川橋梁(宮原六十尺橋)

一方で、沿線にはユニークな鉄道構造物、建築物が残る路線としても知られます。先述の釈迦岳トンネルを元採銅所駅、第二金辺川橋梁(通称宮原六十尺橋)、欅坂橋梁(ねじりまんぽ)など、明治から大正期の鉄道を物語るユニット構成は全国的にも珍しいという特徴があります。

BRTへの営業転換

九州北部豪雨の猛威とBRT化の構想

2017年の九州北部豪雨で各地で大きな被害を発生させ、日田彦山線の添田駅から夜明駅までの区間では、路床の崩落、橋梁の流出など、復興には莫大な資金が想定されました。

鉄道での復旧についてJR九州側と沿線自治体の間で意見の相違があり協議が難航。その大きなポイントは、沿線自治体は費用負担に難色を示し、一方JR九州は上下分離方式の導入を求めていました。このため、長い間復旧作業が一向に進んでいませんでした。

この状況を受けて、JR九州は2018年に方針転換し、バスによる復旧を検討することにしました。

日田彦山線BRT区間路線図(出典:TETSUDO .COM

そして、2020年7月16日には一部区間の線路敷をバス専用道路として活用し、BRT(バス・ラピッド・トランジット)の導入について自治体と正式に合意しました。また、日田彦山線の添田駅以南や久大本線の夜明駅から日田駅までの区間でも、鉄道と並行してBRTを運行することとなりました。

最適な選択だったかもしれないBRT化

先述のように前線開通当時には、本来の目的と時代のニーズが大きく乖離し、本来の役割を果たす機会がなくなったのが日田彦山線。特に添田―夜明間では利用客も少なく、閑散とした車両が行き来することも少なくありませんでした。

BRTとすることで一部増便となった時間帯はありますが、基本的には1時間に1便というローカル線特有の運行形態には大きな変化はありません。

ディーゼル気動車のワンマンカーから、小型バスの運行へ変わったことからコストダウンにつながります。このメリットを活かし、営業を続けていくことは収益増や沿線人口の増加が見込めない中での活路です。近未来的にも地場産業形態が大きく変わることが考えにくく、かといて廃線することは周辺住民の公共交通を失うことになる。利用客の推移からもBRT化は最適な選択だったのではないでしょうか。

水素燃料電池バスの実証運転スタート 環境に優しい公共交通の実現へ

西日本新聞筑豊版より

11月26日朝、添田駅であらためて出発式が開かれた。環境に配慮した水素エネルギーをイメージした青い車体の第一便が発車すると、関係者らが拍手で見送る様子が西日本新聞の記事にあった。

日田彦山線BRT ひこぼしライン区間に燃料電池バスが走る。

運行は原則週3日で1日1往復。2025年春まで続ける予定という。原油価格や他の物価高騰に左右されずに、ローコストな運用を期待したいところです。クリーンエネルギーということで、前向きな明るいイメージを想起させ、末永く走り続けてもらいたいものです。

水素燃料電池バスというあらたな車両は実車していませんが、乗り継ぎについての戸惑いも少なく、バスそのものの乗り心地も標準的。総じて考えれば、「乗ってみたい」と思わせる一工夫が必要かもしれません。

今後、人口減少へと向かう中で、こうした事例が全国各地に生じるものとみられます。筑豊地方にも営業路線としては他にも芳しくない路線はあります。運行形態や経営方法の大幅変更も含め、ふさわしいあり方に方向性をつけるべき時が来ることも近いと思います。

BRT路線の概要とその周辺

「ひこぼしライン」という愛称が設けられ、沿線地域の人々の思いを背に未来に向かって駆け抜けるイメージを「ひこぼし」という名前に込めたということです。路線名の一部が愛称に組み込まれた形です。

BRT化となったのは福岡県の添田駅から大分県の夜明駅までの約40㎞。このうちバス専用道は彦山駅から宝珠山駅の区間で、この部分が線路を撤去されました。

このことが逆に、これまで東峰村の名所のひとつとなっている通称めがね橋の上を、バスが往来するという光景が目にできます。

BRT区間は山間部にあたり、このため終始緑豊かな景観に恵まれています。主なスポットは以下のようなものがあります。

・つづみの里公園 ポーン太の森キャンプ場(東峰村)

・アクアレスタ小石原(東峰村)

・フォレストアドベンチャー添田(添田町)

・RuralCamping 星To虹(添田町)

それぞれをご確認してもらえればおわかりになると思いますが、これらはアウトドア要素が強く、手荷物が多いビジターが訪れます。このため、こういった場所には車での来訪が多い傾向にあります。周辺各スポットの人気や注目が高まり、集客力が上がったとしても、BRTバスへの旅客の利用客数が急増することにはつながりにくいのではないでしょうか。

一方、英彦山周辺や東峰村内での公共交通としては、停留所が29か所に大幅増となった。これは鉄路時代の10駅に比べ3倍近いものです。

増えた停留所は、公共施設、病院、学校などにアクセスする利便性を上げた配慮のあらわれと考えられます。沿線住民の足としての重点をおいた設計と言えます。つまり、観光路線としての設計は影を潜め、地域住民の足としてローコストでも維持できるための設計に主眼をおいたものとなります。

コミュニティ内のアクセスを容易にしたという配慮の一方で、気になるのは少子高齢時代にともなう人口減少の影響による利用客の伸び悩み、あるいは減少ではないでしょうか?

沿線が未来に向けて走り続けることを願い(おわりに)

BRTへの転換は滑り出し好調のようですが、それでも気になるのが今後、行く末です。自家用車でお出かけが当たり前のライフスタイルとなった今、この一方で公共の交通機関に乗ってみたいと思わせる取組にはどんなことが考えられるでしょうか。

BRT化したといっても利用者数が減っていくようでは、いよいよ廃線を視野に入れなければいけなくなる。

そのようなことを回避するための対策は、日田彦山線BRT区間の場合、どんなことが有望となるのだろうか。

沿線を「住みよい田舎」へ

過疎化という影響によってBRTが走る区間沿線は、今後も人口増加が望めない地域です。

例えば林業を主とした事業による大規模開発などが計画されているのであれば、雇用による沿線住民の増加も考えられますが、現状としてはそのような状況にはありません。

こうした現況からBRT利用者の減少を最小限度に食い止めるために、沿線住民が取り組むべき課題は、「住みよい田舎」「緑深い山村」といったキャッチフレーズをもとに、移住・定住対策、高所得者層向けの別荘誘致、インバウンド促進による海外からのショートステイ客受入などが挙げられます。

定住人口を減少の一方で、交流人口を適度に増やす取組が基本となるでしょう。最近話題となりがちな外国人研修生の受け入れなども視野にいれ、環境を活かした林業を振興していく対策も可能性があります。

公共交通が廃止ということはやはり免れるべきという方針のもと、現実的には会社経営という側面を念頭に、住みよい田舎づくりを粛々と進めていく。

沿線には耶馬日田彦山国定公園や小石原焼などの特筆すべき地域の資産があります。これらを中心に、他地域との差別化、オリジナリティをPRしつつ「住みよい田舎」というネームブランドの確立を目指していく。

最近では郊外志向の高い、若い世代もよく耳にするようになりました。子育て世代にとって魅力的な住環境の育成を、行政と沿線住民が手を取り合って、知恵を出し合って創り出す。

地域の足は、地域の手で守る時代

BRTが未来に向かって走り続けるには、企業努力と同様、沿線での取り組みも必要となってくるでしょう。

厳しい言い方をすれば、沿線側も協力していかなければ、すぐに廃線という選択肢を取るかもしれません。赤字のまま引き続き営業を維持していくのは、企業活動としてはマイナスでしかないため、その可能性は高くなります。

全国的にもローカル線の動向が注目されるようになりました。こうした折に、私たちの身近にも起こりうるものだと認識をあらたにしたいところではないでしょうか。

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