世界で最もわかりやすい神楽の話 豊前岩戸神楽を大内田神楽(赤村)から紐解く(その4)

Blog 筑豊見聞録

春先から初夏にかけて、各地では田植えに先立つお祭りが数多くみられますが、ここで紹介する大内田神楽もその一つ。今回はシリーズ完結となりますが、豊前岩戸神楽のフィナーレともいうべき「岩戸の舞」です。岩戸神楽とも呼ばれたりしますが、そこを詳しく説明いたします。

お祝い事でもあり、神事ともされる神楽の魅力を、岩戸神楽から感じてみてください。そして、ぜひ皆さん自身のその目、その心、肌身で実感してみてください。清らかなエネルギーをいただけると思いますよ。

四方鬼“しおき”の舞

 この舞は、天照皇大御神(アマテラスノオオミカミ)が岩屋にこもり、邪神が猛威をふるい「高天原(たかまがはら:神話の舞台)」が不安に満ちた状況をあらわす舞です。

「岩戸」の舞に先立ち、暗闇の世界を演出し、神々の世界が平穏ではないことを表現しています。

岩戸の舞

大内田神楽のなかでも最も知られた演目で、素盞鳴尊(スサノオノミコト)の悪行で嫌気がさした天照大御神が天の岩戸に隠れ、この世が暗闇に閉ざされてしまうところから物語がはじまります。

まず登場するのが思兼之命(オモイカネノミコト)です。羽織に袴、烏帽子を被り左手に幣、右手に扇を持って登場します。

暗闇に再び光を照らすよう、岩戸を開けるにはどうすればいいか。

舞台をぐるぐると行ったり来たりしながら、思いあぐねる様子を表現しています。

結局思兼之命は、岩戸を開けるために八百万(やおよろず)の神を招きます。

そこで最初に現れる神々が、布刀玉之命(フトタマノミコト)や天児屋根之命(アマノコヤネノミコト)です。祝詞や舞など趣向をこらして、天照大神が岩戸を開けるように促しますが、まったく開く様子もなく困ってしまいます。

神々が思い悩んでいるところで登場するのが天鈿女命(アメノウズメノミコト)という女神です。

この女神の舞が優雅で、時に可愛らしい所作が特徴で、それを見ていた八百万の神が拍手喝采となります。

なにやら岩戸の外がにぎやかになってきた事に、気になり始めた天照大神が戸を少し開けたところで、すかさず手力男命(タジカラオノミコト)が登場します。

手力男命は精一杯の力をもって岩戸を開けようとします。岩戸の舞の中でももっとも力の入るところです。やっとの思いで岩戸を開けると、再び世に光をもたらせることができた。岩戸の舞にはこのような物語があります。

以上のように、大内田神楽にはその場とそこにいる人々を清め祓うための舞と、舞手が神格化して、人々の前に神様があらわれるという二つの大きな意義があります。神様の光臨にあやかり今年の無病息災、五穀豊穣を祈るのと、このような慶事を今年一年もまたできることを神様に感謝する。

岩戸の舞にはこのような意味があり、そこに集う人々の思いが込められたものです。

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