世界遺産登録勧告とこれからの筑豊

Blog 筑豊見聞録
世界遺産旧三井炭鉱宮原坑と旧三井田川鉱業所二本煙突
2015年5月5日付け西日本新聞朝刊

ICOMOS(世界記念物遺跡会議)はユネスコ(国連教育科学文化機構)に対し、九州・山口の近代化産業遺産群を含む「明治日本の産業革命遺産」について、世界文化遺産への登録を勧告した。

このニュースは多くの人が目にし、あるいはニュース等で耳にしたと思う。 「九州に世界文化遺産」ということで、にわかなフィーバーがみられる。

「明治日本の産業革命遺産」とされている遠賀川水源地ポンプ室(中間市)などでは、見学客がすでに集まり始めているとの報道もある。 今から数年前、筑豊地方の近代化産業遺産もこれに関連する中で、世界遺産登録に関わる専門家の視察を受けた経緯がある。

本来は九州・山口の近代化産業遺産群として、筑豊地方の炭坑関連の文化遺産もリスト内にあったが、残念ながら遺存状況がよくないためにリストから除外された。

今回「明治日本の産業革命遺産」がなぜ世界遺産登録への勧告へとなったのか。

東洋ではじめての産業革命、そして電光石火のごとく急速に近代化を達成した日本の功績が評価されてのことだろう。そしてその後の高度経済成長と経済大国とまで言われた、奇跡的な歴史を世界史の中で大きな意義として認識されているのではないか? それは素晴らしいことである。

しかし、この一方で韓国などからは今回の世界遺産登録へ動きに反対の声もある。 世界遺産登録への光と影。 その反対の声の主なものは、日本が第2次大戦中までしてきた強制連行など、現在では人権侵害とされる行為を肯定するような形となるというもの。

八幡製鉄所(北九州市)や三池三池炭鉱(大牟田市)などで朝鮮半島の人々や戦争の捕虜となった人々が、強制的に労働させられた場所を世界遺産とすることに反対というのである。

第2次大戦中の強制労働の事実は、筑豊炭田の各炭坑でもごく当たり前のようにおこなわれていた。これにともなう慰霊碑や墓誌などはまだ多く、その詳細ははっきりとしていないほど。

炭坑関連の遺産とともに、こうした歴史的事実も明るみにされていないのが筑豊。 21世紀は人権の時代とも言われるほど。それは強いて世界平和につながるとの考えがあるため。

筑豊地方の炭坑遺産とその周辺の活用法のひとつを、人権尊重、啓発のための普及活動としてお話した。 世界遺産となる予定となった各地の文化遺産が、東洋初の産業革命を象徴するモニュメントとなるのなら、筑豊地方の炭坑遺産とその周辺は、人権擁護を通した世界平和を実現するための普及活動を展開する。

このことは、大きな価値と役割を生み出すのではないか? 世界で唯一「平和主義」を憲法で標榜する日本、しかしこれまで日本が平和維持のための国際的な役割がどれほどのものだったろうか?

二度と繰り返してはならない歴史的事実をもとに、日本が世界平和に貢献する活動を筑豊地方の炭坑遺産とその周辺から発信してみること。

それはポーランドのアウシュビッツ強制収容所が、二度とおこすべきでない悲劇として世界遺産登録している由縁と同等のメッセージを有することができるのではないか?

新聞記事にもあるように、「明治日本の産業革命遺産」はまださまざまな課題がある。この一方で筑豊の炭鉱遺産とその周辺は、その活路に大きな課題がある。 あたらしい筑豊地方の役割と日本の国際的役割が「人権擁護」と「平和」というスローガンで、世界に貢献できることを夢見つつ。

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