地方創生に炭坑の遺産が

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西日本新聞2015年8月15日付朝刊筑豊版よ

私達筑豊に住む中では、「当たり前」とか、「何の変哲もないガラクタ」とか、そんな言い方で片付けられそうな炭坑関連の遺構。

この一方で筑豊以外に暮らす人々にとっては、「当たり前」ではないから、むしろ魅力を感じる。そんな喜ばしい、筑豊に暮らす私達も見習うべき記事(西日本新聞8月15日付朝刊筑豊版より)がありました。

山尾浩三さん、日本全国の鉱山関係遺構を探索し、その魅力を伝えている。時には無料で希望者に案内しているとか…お若いのに脱帽ですm(_ _)m

終戦から72年、過去の出来事が風化しつつあると、戦争体験を語り継ぐ語り部も少なくなったと危惧されるように、筑豊炭田の各炭坑が閉山してから約50年経ち、当時のエピソードを知る人々も少なくなり、炭坑の歴史や文化も風化しつつあると危惧される声もあります。

そんな中、若い、炭坑を体験していない世代が有志で活動する。しかも、山尾さんは北九州市から鞍手町に移住してまで、炭坑関連の遺構に惹かれ、それを広めようとしている。 この事からも、ふるさと筑豊の歴史と文化を物語る炭坑関連の遺産は、秘められた魅力に満ちている。私達はあらためて、この事を学ぶべきではないでしょうか?


私達筑豊に住む中では、「当たり前」とか、「何の変哲もないガラクタ」とか、そんな言い方で片付けられそうな炭坑関連の遺構。

この一方で筑豊以外に暮らす人々にとっては、「当たり前」ではないから、むしろ魅力を感じる。そんな喜ばしい、筑豊に暮らす私達も見習うべき記事(西日本新聞8月15日付朝刊筑豊版より)がありました。

山尾浩三さん、日本全国の鉱山関係遺構を探索し、その魅力を伝えている。時には無料で希望者に案内しているとか…お若いのに脱帽ですm(_ _)m

終戦から72年、過去の出来事が風化しつつあると、戦争体験を語り継ぐ語り部も少なくなったと危惧されるように、筑豊炭田の各炭坑が閉山してから約50年経ち、当時のエピソードを知る人々も少なくなり、炭坑の歴史や文化も風化しつつあると危惧される声もあります。

そんな中、若い、炭坑を体験していない世代が有志で活動する。しかも、山尾さんは北九州市から鞍手町に移住してまで、炭坑関連の遺構に惹かれ、それを広めようとしている。

この事からも、ふるさと筑豊の歴史と文化を物語る炭坑関連の遺産は、秘められた魅力に満ちている。

いくつものエピソードが重なり合うように、時としてそれは独特のハーモニーで演奏される調べで私たちに秘められたメッセージを投げ掛けてくる。

私達はあらためて、この事を学ぶべきではないでしょうか?

そして、次の世代にも伝えていきたいものではないでしょうか?

たとえばこんなエピソード

いまさら聞けない!? 筑豊炭田遺跡群、国指定史跡へのワケ

炭鉱(ヤマ)の光と影 筑豊炭田年代記

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