嘉麻市上山田の地で生まれた弥栄神楽は、昨年結成5周年を迎えた。典型的な炭坑町だったところはかつての賑わいはなく、そこに住む人々が何か地域のシンボル的なものを創りたいと立ち上がった。創作神楽として手探りで試行錯誤しながら表現する演目は、舞と楽、そして衣装によってひとつの現代アートを生み出している。その魅力と人々の思いにふれてみたい。
弥栄神楽座のはじまり
古くから人が住み暮らすところには、ものづくりや民俗芸能、郷土料理など、多彩な文化が伝統的に受け継がれていることが多い。
今回クローズアップする嘉麻市の上山田地区、もともと筑豊最深部に位置する上山田炭坑がある場所として知られた地。
かつては多くの人々が集まり、坑夫が行き交い、にぎやかなヤマの街であった。
その炭坑が閉山となって50年以上経過し、かつての繁栄はなく、人口規模も半分以下となってしまった。
それでも今も人々が暮らす地域を細かく見つめると、知らずにいたり、忘れ去られてしまったものが残っている。
例えばここ上山田地区では、遠賀川を遠く遡ってくる鮭をご神体とした鮭神社や、創業以来4代100年あまりの歴史をもつ銘菓山田饅頭などがあげられる。
しかし、それまで地域を象徴するものが炭坑で、炭坑ありきで地域のコミュニティが次第に影が薄れてしまい、人々は何か新しい、地域を象徴するものをもうひとつ創れないかと思案してきた。
このような思いの人たちの手によって生まれたのが弥栄神楽座だ。地元の有志の人々たちによって、これまでの形式にとらわれない創作芸能を創り出そうと立ち上がったのが2014年。昨年は結成5周年の記念イベントも行われ、その評価も高い。
気になる言葉、「弥栄(いやさか)」とはどのような意味をもつのだろう…
大辞林(三省堂出版)によると、いよいよ栄えることとある。このほかに繁栄を願って口にする「万歳」にも通じる使い方があるという。人々が集まり、にぎやかに盛り上がって、活気ある様子がこの言葉に込められているようだ。
神楽という伝統芸能から、創作芸術へ
もともとは神事とされる神楽、儀式としての側面も大きな要素となる。
弥栄神楽の場合は「唯一無二の神楽」をめざし、その立ち振る舞いから衣装、面、笛、太鼓から楽、音に至るまで一から考え生み出された。
どこの神楽の形式にも属さずに、ゼロからのスタートであり、このためオリジナリティが高い。もちろん、他の神楽にも見受けられる要素もあるため、その影響がまったくないという訳でもない。
伝統芸能としての側面もありながら、舞手の被る面の表情やヴァイオリンやアコーディオンなどの楽器との共演を模索するなどの新しい取り組みもある。
もともとこの地には神楽が伝えられておらず、暗中模索の中の船出であった。
しかし、祖霊や地の神々を慕う人々の思いと地域づくりを自分たちの手でという思いが結実し、地元神主や芸能関係者を巻き込んで新しい芸能へのスタイルが確立された。
付近の住民のみならず、地元で活動する創作アーティストなども加わり、その世界観は唯一無二と言っていい。
地元射手引神社への奉納神楽は平成27年より行われ、これまで3回奉納されている。
平成29年には「第10回ふくおか地域づくりフォーラム」において、準グランプリを獲得し地域づくりの担い手として大きな期待が寄せられている。
今後の活躍や展望がとても気になる弥栄神楽、ご当地アートとでも形容すべきスタイルがどのように確立されていくだろうかと注目していきたい。
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