【筑豊県立自然公園~香春岳編~】

 今回お話するのは、田川地域の名峰香春岳
 香春岳は、五木寛之『青春の門』でもふれられた名峰です。言わずと知れた田川のそして筑豊の象徴のひとつとして数えられています。
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 その昔は、写真のように三つの頂が勇壮で、威容を誇るかのようでした。
 中世(鎌倉・室町・戦国時代)には、香春嶽城が築かれ、隣の旧京都郡(みやこ町方面)と旧企救郡(小倉方面)に対する要衝の地とされました。
 現在では一の岳、二の岳、三の岳のうち、一の岳が大きく削り取られてます。ご承知の方も多いでしょうが、セメントや石灰鉱業の発展のための資源を供給してきたのが香春岳です。
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 香春岳は、全山が良質な石灰岩によります。実は「日本初」が香春岳には秘められます。それは竪穴式のベンチカット断面階段状にほりすすめて行く露天掘り。その断面がベンチに似ていることが名前の由来です)という方法で採掘されたことです。それは昭和10(1935)年のことでした。それは今でも行なわれています。
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 今から数年前、筑豊の炭坑関連の文化遺産を世界遺産とすべく、ユネスコの専門家を招いた際、この不自然に平らな一の岳とその前に広がる巨大な工場の景観を興味深く見学しました。
 残念ながら炭坑と関連の薄いものだったので候補から除外されましたが、一の岳と巨大な建物群が織り成す景観に数多くの世界遺産を目にしてきた専門家たちをうならせたそうです。香春岳にはこんなエピソードもあります。
 以上のような意味でみれば、香春岳は私たちの住む郷土の誇れる文化遺産・自然遺産として大きな価値を秘めたものと言えます。それも世界遺産に同等の価値があるかもしれません。身近に住んで暮らしていると、その魅力をいつしか忘れてしまいます。筑豊において香春岳もそのひとつではないでしょうか。
 今回は、筑豊県立自然公園のなかでも、自然との関わりの中で人々が作り上げた特徴的な景観を取り上げました。香春岳の話をしたらつきること無いと思いますが、今回はこの辺で。香春岳を通る際は、ちょっとでも先の話を思い出していただければと思います。
 また、次回の投稿にご期待を。よろしくお願いします。

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