ふるさと筑豊の歴史

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Blog 筑豊見聞録

神話を訪ねる旅 神功皇后の足跡を追って 田川・赤へ

炭都田川市と筑豊地方唯一の村赤村に伝わる神功皇后の伝承は、ともに「御腰掛石」という共通点がある。福岡県にはこの「御腰掛石」と伝わるものがいくつかあるが、田川・赤の二つの地に残っている言い伝えから、みえてくるものはどんなものであろうか。
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神話をたどる旅 神功皇后の足跡を追って 飯塚市大分へ

神功皇后の足跡は、筑豊地方に数多く残ります。その一つ、福北ゆたか線筑前大分駅(飯塚市)から車で約20ほどの距離の山間にショウケ越し、徒歩で約15分程度のところに大分八幡宮という神社があります。このふたつの場所に残した神功皇后の足跡はどんなものでしょう。
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旧直方駅舎車寄せ 新たな名所へ 新時代の鉄道のまちづくり

数年前、旧直方駅舎の解体が決定しこれに対して保存運動も起きたが、新駅舎の完成と駅前周辺の再開発となった今、あらためて旧駅舎の車寄せ部分が復元されお披露目となった。かつては「鉄道のまち直方」とも言われたその歴史を、次の世代に語り継ぐための復元と言われているが、その課題はどんなところにあるのだろうか。
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神話をたどる旅 神功皇后の足跡を追って 香春へ

日本の郷土にはどこにもある言い伝えや伝承。それは、いつしか人々によって語り継がれ、今の私たちの暮らしにひっそりと寄り添うように生きている。それは、筑豊においても例外ではない。筑豊に残る言い伝えの中でも、日本神話に関わるものが、私たちの暮らしの身近にある。シリーズとして筑豊の神話と題し、地域に残る言い伝えの代表格をお話ししたい。その主な登場人物は、神功皇后と呼ばれる女王だ。
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地中からのメッセージ 生きていた炭坑跡 原口炭鉱大門坑跡、その宿命とは?

日本随一の産炭地とも言われ、日本の近代化をエネルギーという側面から支えた筑豊炭田。それは最盛期には300を超える大小の炭坑が乱立していた。その象徴として旧目尾炭鉱や旧三井田川鉱業所などがあり、それらは国重要文化財(史跡)として認められた価値がある。この一方で同じ炭坑跡でありながら、脚光を浴びる機会の少ないものもある。今回は、そのうち原口炭鉱大門坑跡をクローズアップしてみよう。
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直方 地名の由来 ちょっと深い話

「直方」と書いて「のおがた」と読む。これはここに住んでいる人、あるいはその近くに住む人にとっては当たり前かもしれないが、全国的にみるとこの読み方は珍しいかもしれない。他地域から移り住んでいる人たちから聞くと、最初は読めなかったという人が多い。その読み方もさることながら、その由来にもちょっとした深いものがある。ここでは「直方」の地名について、うんちく話をできるだけ簡単にお話ししたい。
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ローカル線鉄道の旅筑豊版5選 No.5 福北ゆたか線~直方編~

福岡、北九州、筑豊地方から、「福」「北」「ゆたか(豊)」と地名にちなんで命名されたJR九州福北ゆたか線。通勤・通学に活用する人々が多いが、その一方で沿線のみどころもたくさんあります。今回は直方編として直方市内からいくつかピックアップし、その楽しみ方をシェアしたいと思います。普段は自家用車という人も、たまには車窓からの風景を楽しんでみてはいかが?
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筑豊五大炭坑王 堀三太郎邸 未来を見据え

直方市の中心街に近くにひときわ目立つ豪邸がある。それはかつて筑豊五大炭坑王として知られ、戦前には衆議院議員もつとめた堀三太郎の屋敷。主なき今も直方市を見守るようなたたずまいだが、これからの行く末はどのような展望であるのだろうか。
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炭坑王の邸宅 貝島六太郎邸(百合野山荘)

筑豊御三家貝島太助とともに生涯を炭坑にささげた貝島六太郎は、兄太助とともに苦難を乗り越え貝島王国ともいうべき一大財閥を築き上げた。その六太郎が贅を尽くし建てた邸宅が、これから再び日の目をみることになるかもしれない。通称として親しまれてきた百合野山荘、これからの可能性を探ってみよう。
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犬鳴村 都市伝説と史実からみた最凶スポットの事実

「日本には行ってはならない場所がある」「ここから先は日本国憲法が通じません」など、日本最恐との都市伝説が後を絶たない犬鳴村。その由縁を探ってみよう。
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