赤レンガの煌き

スポンサーリンク
Blog 筑豊見聞録

炭坑跡からのメッセージ 製鉄所(日鉄)二瀬出張所跡から

大小300以上の炭坑(ヤマ)を数えた筑豊炭田が、なぜこれほどまでに発展したのか。それは北九州市の八幡製鉄所が、1901年に操業したことが大きい。「鉄は国家なり」というスローガンのもと、近代化を目指した日本。それは製鉄によるところが大きいが、それは筑豊の炭坑がなければ到底実現しなかった歴史かもしれない。
Blog 筑豊見聞録

赤レンガの煌き③~筑豊の鉄道・街道にみる~

今から100年ほど前は当たり前に存在していた「赤レンガ」は、今やその数がとても少なくなってしまいました。時の移り変わりとともに、コンクリートとアスファルトが街のあちこちにあふれ、「赤レンガ」が希少となっている。これは、逆に「赤レンガ」の希少...
Blog 筑豊見聞録

赤レンガの煌き②~炭坑節の舞台とその周辺~

筑豊といえば真っ先に思い起こすものが、炭坑もしくは炭坑節。閉山後もそのイメージは大きく変わることなく、今に受け継がれる。炭坑節は炭坑なき今でも人々に親しまれ受け継がれる一方で、炭坑の名残を今に物語ってくれる赤レンガの煌きも目にすることができる。ここではモダンな印象を色褪せずに光る赤レンガの建築物、それも炭坑の遺産について少し詳しく話してみたい。
Blog 筑豊見聞録

赤レンガの煌き①~近代化産業遺産、筑豊の街をレトロに演出~

直方市と飯塚市の中心街には、赤煉瓦の建物がひっそりと街を見守っている。ここで取り上げるのは、直方市のアートスペース谷尾(旧十七銀行直方支店)と福岡銀行飯塚本町支店(旧十七銀行飯塚支店)。
スポンサーリンク