夏になると日本中の盆踊り会場で流れる「月が出た出た、月が出た──」。その陽気なメロディが生まれた場所は、舞台でも料亭でもなかった。石炭と廃石が混じり合う粉塵の中、無数の女性たちが黙々と手を動かす選炭場だった。
この記事でわかること
– 炭坑節の直接の原型「伊田場打選炭唄」とはどんな唄か
– 選炭場という労働現場で唄がどのように生まれたか
– 仕事唄が座敷唄・盆踊り唄へと変容した経緯
伊田場打選炭唄とは?炭坑節の知られざる原型
伊田場打選炭唄は、明治時代に三井田川炭鉱・伊田坑(現・田川市)で選炭作業に従事した女性労働者たちが口ずさんでいた仕事唄であり、現在の炭坑節の直接の原型とされている。

「場打ち」とは、コンベアや台の上に流れてくる石塊を叩き・割り・選り分ける選炭の動作そのものを指す言葉だ。ボタ(廃石)と石炭を手作業で仕分けるその動きは単調で重く、一日中繰り返される。その一定のリズムが、自然と唄のリズムになった。
唄の起源をさらに遡ると、江戸時代・元禄期の「番田河原唄」にルーツを求める説も存在する。炭坑節は単純に「明治の炭鉱で生まれた」と言い切れない、複数の層を持つ民謡なのだ。
選炭場──歌が生まれた現場
選炭場は、男性坑夫が地下で掘り出した石炭をボタから分別する地上の作業場で、その担い手のほとんどは女性だった。炭坑節の「ヤマの歌」としての性格は、この女性労働者たちの存在なしには語れない。


明治から大正にかけての筑豊炭田では、数万人規模の選炭婦が働いていた。彼女たちは賃金も低く、労働環境も劣悪だった。落盤事故が日常にある地下とは異なるが、粉塵・騒音・酷暑の中での作業は決して楽ではない。
筑豊百景プロジェクトは2020年の設立以来、田川市石炭・歴史博物館をはじめ筑豊地方の炭鉱遺産・文化施設への現地取材を重ねてきた。選炭場の記録映像や当時の道具が展示された現場に立つと、仕事唄が生まれた必然性が体感として理解できる。
苦しさを声に変えること──それは世界中の労働者が自然と行ってきた行為だ。アメリカ南部の綿花農園から生まれたブルースが、まさにその典型だった。伊田場打選炭唄もまた、過酷な現実の中から滲み出た「生きるための音楽」だった。
「春歌」から「民謡」へ──唄の変容プロセス
伊田場打選炭唄はもともと艶っぽい内容──いわゆる春歌的な性質を帯びていたとも伝えられており、座敷唄として整形される過程で意図的に洗練・純化されていった。
筑豊の各炭鉱では、労働者たちが唄の中の炭鉱名を自分の坑名に入れ替えて歌い継いだ。そのため同じ系譜を持つ唄が筑豊各地に点在し、一部では「三池炭鉱起源説」などの誤伝も生まれた経緯がある。しかし田川市が公式に「炭坑節発祥の地」を認定しており、1910年の小野芳香による採集記録・1925年の文献化という一次資料が田川起源を裏付けている。
転機は1910年(明治43年)。田川の小学校教師・小野芳香がこの唄を採集し、「三弦選炭節」として改曲・整形した。花柳界の座敷唄として田川から小倉へと伝わり、やがて1932年(昭和7年)に後藤寺町検番の芸者たちにより初めてレコード化される。戦後の盆踊りブームの中で「盆踊り節」として全国に爆発的に広まり、今日の「炭坑節」が完成する。
まとめ:田川の選炭場から、日本の夏へ
伊田場打選炭唄は、搾取と過酷の中で生きた女性たちの声から生まれた。その唄が百年以上の時をかけて変容し、今や日本の夏の象徴となっている事実には、静かな感動がある。
炭坑節の旅はここ田川から始まった。発祥の地を訪れることで、夏の夜の盆踊りがまったく違って聴こえるはずだ。
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直接の原型・先祖にあたる唄です。伊田場打選炭唄は明治期の選炭場で歌われた仕事唄で、1910年に小野芳香によって採集・改曲され「三弦選炭節」となり、さらに変容を重ねて現在の「炭坑節」になりました。まったく同じ唄ではありませんが、連続した系譜上にあります。
福岡県田川市(旧・田川郡伊田村)が発祥の地とされています。三井田川炭鉱・伊田坑で働いていた選炭婦たちが口ずさんでいた唄が起源です。田川市はこれを公式に認定しており、毎年「TAGAWAコールマイン・フェスティバル 炭坑節まつり」を開催しています。
選炭作業において、石炭の塊を台の上で叩き・割り・選り分ける動作のことです。「伊田場打選炭唄」の「場打ち」はこの作業動作を指しており、唄のリズム自体がその繰り返しの動作から生まれたとされています。
1932年(昭和7年)に後藤寺町検番の芸者たちが日東レコードに「炭坑唄」を収録したのが最初とされています。全国的に広まるきっかけとなったのは1948年(昭和23年)の各社競作盤で、戦後の盆踊りブームと重なり爆発的に普及しました。
毎年お盆の時期(8月中旬)に福岡県田川市で「TAGAWAコールマイン・フェスティバル 炭坑節まつり」が開催されます。炭坑節の発祥の地で本場の盆踊りを体験できる九州最大級の夏祭りです。田川伊田駅周辺が主な会場となります。
この記事を書いた人
松浦幸市(筑豊百景プロジェクト・経営コンサルタント)
中学高校社会科教職員免許・学芸員資格保有。福岡県田川郡福智町を拠点に、2020年より筑豊地方を中心に現地取材を重ね、訪問した事業所・文化施設は延べ100件以上。一次情報にもとづく筑豊の歴史・文化を専門的な知見で発信し続けている。
【情報源】
– 炭坑節発祥の地(小野芳香・赤坂小梅): https://adeac.jp/tagawa-lib/texthtml/d300010/mp100010-300010/ht001460
– 炭坑節 – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%82%AD%E5%9D%91%E7%AF%80
– 炭坑節発祥の地 / 福岡県田川市: https://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/kiji00353/index.html
– 炭坑節が生まれた風景: https://www.tapthepop.net/machinouta/52144


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