上野で生まれた現代美術 上野焼八幡窯世良彰彦さんの挑戦

Blog 筑豊見聞録

小倉小笠原藩の庇護のもと、江戸時代から脈々と続きやきものの文化。それは上野焼と呼ばれ、筑豊では高取焼とともに伝統工芸として知られている。ともに400年の歴史をもち、この意味では有田焼や伊万里焼とも並ぶものでもある。

上野焼は今協同組合をはじめとしてその活動を展開し、窯元は十数を数える。一般的な作風のイメージは、鮮やかな緑色の釉薬を施し手にすると軽くなじみやすいというもの。茶器として重宝され、江戸時代の初期には当時の茶人として名高い小堀遠州(江戸幕府の茶道指南役)に遠州七窯に選定されたうちの一つとなった。(上野焼以外の遠州七窯=志都呂焼・静岡、善所焼・滋賀、朝日焼・京都、赤膚焼・奈良、古曽部焼・大阪、高取焼・福岡)

各窯元では一般的なイメージの従来の上野焼とは別に、あらたな作風を求めて趣向を練らしている。八幡窯の世良彰彦さんもその一人だが、このたびインタビューする機会を得ました。去る3月に個展を福岡大丸で開催したそうですが、その時のエピソードをまとめ、これからの展望をうかがってみました。

今回の個展開催への経緯について

世良彰彦さん談「2年ほど前にも個展を開催したのですが、この時ちょっとしたトラブルがあって、それがきっかけでこれまで個展を開催しておりませんでした。今年は私自身が還暦となり、かつ陶芸作家として創作30周年となる一年でした。自分にとっての一区切りの一年、今年はやってみようと決心したのが経緯です。場所は博多大丸ギャラリー(福岡市)でしたが、このようなご時世(コロナウイルス感染症の流行)の影響もあり、個展の内容としては惨憺たるものとなってしまいましたが、自分にとっては感慨深いものとなりました。

今回あえてテーマを食器類ではなく陶板にし、オブジェや絵画を鑑賞することを目的としたものでした。それは伝統工芸というよりは、美術品、芸術作品のの展覧会をイメージしたような個展と言えます。





この個展を見る人たちへのメッセージ

世良さん談「ご承知のとおり、上野焼には長い歴史と伝統があります。それは有田焼や伊万里焼と同じように、これまで紆余曲折しながらも培ってきました。同じ時代に生まれたやきものでも、知名度の高い有田焼や伊万里焼は、伝統を守りつつ一方で作品を手掛ける人によってオリジナルの要素が加わってきたところがあります。古くからのスタイルを守り続け、~焼と称して営業をするのはさておき、私は自分の好きなことをやるという信念を、自分のやきもののスタイルに表現したい。それがたまたま上野焼の産地という場所でしかなかった。これからもこの地で、新しいスタイルを模索していきたいという思いがあります。
 福岡の陶芸界を見るとどちらかと言えば保守的な側面が強く、新しいものが生まれ受け入れられるという動き少ないように感じられます。やきものづくりの基礎基本を守り続けていくことはとても大切なことではありますが、時代のニーズや新しい技法の創出などを受け、新しい要素が加わっていくことも新たな付加価値を創ることになります。私はたまたま上野焼という産地に縁がありましたが、その中で先人たちの足跡を大切に受け止めながら、一方で上野焼の新たな可能性を見出し、陶芸作家として自分がどこまでできるのかチャレンジしていきたい

江戸時代に国際貿易港として栄えた長崎に近かったこともあり、有田焼や伊万里焼は海外からオリジナルのやきものとして、そして日本のものづくりの技術の高さを評価される機会が多かった。1600年代後半の太平の世、元禄時代に華開いた和のきらびやかな文化興隆は、陶磁器の世界にも大きく影響し、それはまた有田焼や伊万里焼にも与えた。そしてこのような動向は、伊万里の港から数十万点に及ぶ磁器が海外に輸出されたことにも象徴される。このような華々しさはないものの、上野焼も同時期に創出され、様々な運命をたどりながら今にいたっている。

世良彰彦Instagramより
世良彰彦Instagramより

陶芸作家として自分を省みるといかがでしょうか?

世良さん談「美術団体の方々に言わせれば、私ほど作風を変える人はいない。いわゆる美術団体泣かせと言われます。昔、とあるお偉い先生に作風は変えるなよと言われたことがあります。それはなぜなら、顔も名前も知らない人(美術団体など審査する側の人々)に覚えてもらうことからはじめないと次につながっていかないからですね。しかし、私は変えたくてうずうずしているんです。
 仕事をしながらよくラジオを聴くことが多いので、音楽もよく聴く方ですが、自分の曲をコピーしたかのようなものを作る人もいるようにと感じます。それは自分らしさを出すためのことなんでしょうけど、私の場合自分のコピーは作りたくないので、井上陽水の発想の柔軟さが好きですね。安全地帯やパフィーなど、自分のカラーとは全く違う人たちと違った雰囲気を創り出している。
 一般的には30歳になる前まで有名な先生に師事することから始まるのがこの世界ですが、私はそうしたことはせずに自己流でここまでやってきました。しかし、やきものを作るということについては精通しているという自負があります。それでもまだ、まだまだ追いかけなければならないと思うところは多々あります。ある種の使命感といいますか、美術品を作っていきたいという思いは、これからまだ先へと続けたい。

挑戦は続く

世良さんの創作に対する熱い思い、いかがだったでしょうか。
新感覚上野焼とも称され、にわかに注目を浴びている世良さんの作品、それは上野焼が従来創り出してきたイメージとは全く異なる。マスキングという技術を中心に、細かく造形された器壁やプロポーションは、やきものの世界観を個性的に表現した匠の技の結晶でしかない。それは言葉では表現することが難しく、直に見て、触って五感を研ぎ澄まして感じ取って欲しいものです。筑豊のモノづくりの技術力を象徴するかのような世良さんの作品、ぜひ上野の地であなたの感覚で感じ取ってみてはいかがでしょうか?とりあえずホームページをご覧ください。上野焼八幡窯HP⇒http://www.aganoyaki.com/

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